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東京地方裁判所 昭和36年(行)101号 判決 1962年12月20日

原告 岡上伊佐衛

被告 農林大臣

訴訟代理人 岡本元夫 外四名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が、土地改良法施行令第五九条に基づき、児島湾土地改良区に対してした、土地改良財産たる児島湾締切堤塘を他目的に使用することを承認する旨の昭和三六年一〇月一七日付処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一、児島湾締切堤塘は、国営児島湾沿岸農業水利事業によつて造成された土地改良財産であり、被告は、その管理を児島湾土地改良区に委託していたところ、同土地改良区は、右堤塘を児島湖交通産業株式会社に有料通路として使用させることにつき土地改良法施行令第五九条に基づき、被告に対しその承認を申請し、被告は、昭和三六年一〇月一七日付で、これを承認した。

二、しかし、二〇億余円の国費を投じて造営された国有財産を私企業の利益のために使用させることは、公共の福祉に反するし有料通路として無期限に通行料を徴収することを承認することは、日本道路公団法の精神にも背き、かつ都市の発展に重大な障害を与えることともなるから、被告の承認は違法である。

以上のとおり述べ、原告に本訴追行の適格がないとする被告の本案前の主張に対しては、原告が従来右堤塘を無料で通行していたことはないが、将来これを通行するには、通行料を支払わなければならないから、国民として、また岡山市民の一人として、被告の承認の取消を求める利益があり、従つて原告の本訴追行の適格は否定さるべきではない、と述べ、乙号各証の成立は、いずれも認めると述べた。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、その理由を別紙添付準備書面記載のとおり述べ、証拠として乙第一号証の一、二、同第二号証の一ないし六、同第三号証の一ないし四を提出した。

理由

被告の承認が抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるかどうかの点は、しばらくおき、原告の原告適格の有無について判断する。

抗告訴訟(行政処分の取消を求める訴訟)の目的は、この訴訟の裁判を通じて行政作用の違法を是正し、行政の法適合性を保障することにあることはいうまでもないところである。しかしながら、他面、司法権の本来の任務は個別的、具体的事件の審判ということにあるわけであるから、抗告訴訟の裁判を通じて行政作用の違法が是正さるべきものとする制度の下においても、この訴訟を原告として追行し得る者の範囲は、原則として、行政作用の違法を個別的、具体的事件として問議するに適切な者に限られることとなるのは当然である。わが国法は、この見地から、法律で特別の定めをした場合を除き、抗告訴訟を提起し得る者の範囲を、原則として、行政処分により個人的、具体的な利益を侵害された者に限るとする態度をとつているものと解すべきである。換言すれば、抗告訴訟の原告となり得るためには原告が一般国民ないし市民として、行政作用が適法に行わるべきことにつき一般的関心ないし利害関係があるということだけでは足りず「原告が、違法な行政処分により他の一般国民ないし市民が受ける不利益とは区別される、特別な、個人的、具体的な利益を侵害されたと主張する場合でなければならないと解すべきである。

これを本件について見れば、原告が本訴を追行するための個人的利益を有するというためには、問題の堤塘を従来無料で通行に利用しており、従つてこれが無料で通行の用に供せられることにつき、一般国民ないし市民として利害関係があるという以上に特別な、直接かつ重大な利害関係があるというような事情がなければならないと解すべきところ、原告がそのような個人的利益を有することについては、何らの主張がなく、かえつて原告の自陳するところによれば、原告は、将来いつか右堤塘を通行することがあれば、その時に通行料を支払わなければならないことになるという意味において、一般国民ないし市民として堤塘が無料で通行の用に供されることにつき利害関係があるというに過ぎないのであるから、かかる原告の利益が前述の個人的利益にあたらないことは明らかである。

よつて本訴は、その余の点を判断するまでもなく、原告適格を欠く者の提起した訴として、不適法のものというべきであるから、これを却下することとし、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

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